半紙に、筆で「天之御中主」と書いた。そして東京のアパートの、部屋の上のほうに貼り、毎日そこに手を合わせた。二十年ほど前のことだ。
- 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)は、古事記で天地のはじめに最初に現れ、そのまま身を隠し、二度と語られない神である。
- ユング派の心理学者・河合隼雄は、この「何もしない中心」に、日本人の心の形を読み取った。
- そして二十年後、私が大阪で出会った中心の神さまは、驚くほど現実的に、私の足元を照らしていた。

目次
ユングが好きな私が、神話を読み始めたのは必然だった
私は、ユングが好きだ。心の奥には、本人さえ知らない層がある。そう考えた人の本を読んでいくと、その奥にはいつも神話が待っていた。
カール・グスタフ・ユング(1875〜1961)は、スイスの精神科医である。はじめはフロイトとともに、人の心の見えない部分、つまり無意識を研究した。しかし、のちに師と考えが分かれ、自分の心理学を「分析心理学」と名づけた。
心の奥には、二つの層がある
ユングは、無意識を二つの層に分けて考えた。
一つめは、個人的無意識である。その人が生きてきた中で、忘れたり、心の奥に押し込めたりしたものが、ここにしまわれている。たとえば、子どものころに言われた一言を、もう思い出せない。それなのに、似た場面になると、なぜか体がこわばる。忘れたつもりでも、心の奥には残っているのだ。
二つめは、そのさらに下にある集合的無意識である。こちらは、一人の人生の記憶ではない。人類みんなが、生まれながらに共通して持っている層だ。
遠く離れた国の神話を読み比べると、不思議なほど似た話に出会う。大洪水で世界がやり直される話。若者が旅に出て、怪物を倒して帰ってくる話。会ったこともない人たちが、同じような物語を語り継いでいる。ユングは、その理由を、人類に共通する心の層に見た。
その層には、誰の心にもある「型」がひそんでいる。これが元型である。たとえば、「母」の元型。実の母親とは別に、人はみな心の中に、すべてを包んでくれる大きな存在の型を持っている。それが神話では大地の女神になり、昔話では優しいおばあさんになる。
そしてユングは、神話と夢はよく似ていると考えた。どちらも、心の深いところから湧いてくる物語だからだ。そのため、神話を読むことは、人の心の奥をのぞくことでもある。
ユングの影響で、私も神話を読み始めた。ギリシャ神話を読み、世界の神話を読み比べた。そして、ふと思った。肝心の日本は、どうなのだろう。
ところが、日本の神話の方は、ギリシャ神話よりも見かけない気がした。なくはない。しかし、何より私自身が、日本の神話をよく知らなかった。
ユング自身が、自分に向けた問い
神話は、昔の人のものなのか。ユングは、この問いを自分自身に向けた人だった。
自伝『思い出・夢・思想』に、こんな場面がある。過去の民族の神話を解き明かし、英雄の神話について本を書き上げたあと、ユングは自分に問うた。では、今の人間はどんな神話を生きているのか。キリスト教か。いや、自分はそれを生きていない。
ならば、もう神話はないのか。そして最後に、問いは自分に返ってくる。では、自分の神話は何か。自分が生きている神話は、何なのか。ユングは答えられなかった。そこから彼は、自分の無意識と向き合う長い時間に入っていく。
ちなみに、この自伝の日本語版(みすず書房)を訳したのは、河合隼雄たちである。
ひとことで言えば、ユングは神話を「昔の話」ではなく、「今、自分が生きている物語」として問うた。
太陽を空に渡す人たち
1925年の1月、ユングはアメリカ・ニューメキシコ州のタオス・プエブロを訪ねた。そこで、マウンテン・レイク(オチュウィアイ・ビアノ)と呼ばれる人物と、屋根の上で語り合っている。
彼は、太陽を指さして言った。自分たちは世界の屋根に住む、父なる太陽の子である。そして、自分たちが毎日ささげる祈りによって、父が空を渡るのを手伝っている。それは自分たちのためだけではなく、世界中のためだ。もしやめてしまえば、十年で太陽は昇らなくなる。
ユングは、この人たちに、落ち着きと品格を感じた。そして、その源を、自分たちの暮らしが宇宙の営みとつながっているという信念に見た。
ひとことで言えば、自分の神話を生きている人たちには、揺るがない落ち着きがあった。
神話は、物知りのための知識ではない。自分がどこから来て、何のために今日を生きるのか。神話は、それを人に教える物語である。
「神話を忘れた民族は滅びる」は、本当なのか?
日本の神話を知らないまま、しばらく過ぎたころ、ある言葉を聞いた。「神話を忘れた民族は滅びる。」
確かにそうかもしれない、と思った。私たちは、自分たちのルーツを知らない。本当に、みんな知らない。神話なんて、学校では教えないじゃないか。
戦争で、自分たちの言葉を使えなくさせられた人たちがいる。神話を忘れるのは、それと同じことを、自分の手でしているのではないか。神さまの歴史というより、自分たちのルーツの歴史を、自ら忘れていく。「滅びちゃうよ、そりゃ」と思った。

その言葉は、誰のものか
この言葉は、歴史学者トインビーのものとして、よく紹介される。しかし、国立国会図書館のレファレンスでも、出典は見つかっていない。
しかし、出典が見つかっていないことと、言葉の中身が間違っていることは、別の話だ。そして、あの時の私を動かしたのは、確かにこの言葉だった。そして思えば、プエブロの人たちも、同じことを裏側から言っていた。神話を生きるのをやめれば、太陽が昇らなくなる、と。
学校は、神話をどう扱ってきたか
今の小学校では、1・2年生の国語に「昔話や神話・伝承の読み聞かせ」がある。神話がこの項目に加わったのは、2008年の学習指導要領からだ。
しかし、小学1・2年生の教科書に載るのは、ごく短い話だけだ。ページ数にも限りがあり、詳しく伝えるのは難しいという指摘もある。いなばの白うさぎは知っていても、天地のはじめに誰が現れたのかを知る人は、多くないだろう。
神話を嫌っていた、河合隼雄
河合隼雄(1928〜2007)は、日本人で初めて、ユング派分析家の資格を取った心理学者である。1962年からスイスのユング研究所に学び、1965年に資格を得た。その審査論文のテーマは、日本神話の太陽の女神、アマテラスだった。
しかし、若いころの河合は、日本の神話を嫌っていたという。戦争の時代、神話は国の考えに合わせてゆがめられていたからだ。そしてスイスで、世界の神話を研究する人たちに触れ、ゆがめられる前の日本神話の姿に、初めて驚いた。
河合は、アマテラスに、ギリシャ神話の女神アテーナーを重ねている。私が世界の神話を読み比べて、日本に戻ってきた道のりを、河合はずっと先に歩いていた。
ひとことで言えば、日本の神話は、戦争の時代にゆがめられ、ユング心理学を通って、ひとりの日本人の手に戻ってきた。
神話は、力で奪われることがある。力で使われることもある。しかし、自分で忘れてしまうことだけは、誰にも止めてもらえない。
私は、調べたい、ではなかった。調べなきゃ、だった。私に子どもがいたら、小さいころから、毎日でも神話を読んで聞かせただろう。
天之御中主神とは、どんな神さまなのか?
教員を辞めて、しばらくして、東京に来た。まず始めたのは、明治神宮へ通うことだった。ほぼ毎日、朝早くに。
その頃、神話の資料館にも通った。大きな神話の絵が並ぶ場所だった。そこで、神話を肌で感じながら調べた。そして、私の心をとらえたのが、天之御中主神だった。
古事記では、最初に現れて、身を隠した
古事記は、こう始まる。天と地が初めて開けた時、高天原に最初に成った神の名は、天之御中主神。次に高御産巣日神、次に神産巣日神。三柱とも、対になる相手のいない独り神として現れ、身を隠した。
この三柱は、古事記の序文の言葉から造化三神と呼ばれる。そして天之御中主神は、このあと古事記の物語に、二度と出てこない。
日本書紀では、本文に出てこない
もう一つの歴史書、日本書紀の本文は、国常立尊(くにのとこたちのみこと)から始まる。天御中主尊(日本書紀での表記)の名は、本文にはない。
出てくるのは、第一段の一書(あるふみ。本文とは別に並べられた言い伝え)の、第四だけである。それも「又曰く」と、さらに付け足すような形で、高天原に生まれた神として名前が挙がる。
古事記には出てくるのに、日本書紀の本文には出てこない。当時の私は思った。「これには何か、重大な秘密があるに違いない。」
ほとんど祀られてこなかった、天の中心
名前の意味は、天の真ん中にいて、天を治める神である。一方で、平安時代の神社の一覧である延喜式の神名帳には、この神の名も、この神を祀る神社も載っていない。そのため、古くから人々に信仰された神ではなく、考えの上でつくられた神だとする見方がある。
また、天の中心で動かない北極星を、神の姿にしたものだという説もある。
ひとことで言えば、天之御中主神は、天の中心にいながら、古い時代にはほとんど祀られた跡のない神だった。
その神に、私はひとりで手を合わせていた。ブームになる、ずっと前のことだ。宇宙の中心、という感じがした。それぞれの宗教に、いちばん中心の神さまがいる。日本では、たぶんこの神さまだと思った。
なぜ、中心の神さまは何もしないのか?
物語の最初に、いちばん高いところに現れた神が、なぜ何もしないのか。私が引っかかった、この空白。そこに、心理学の側から答えようとした人がいる。また、河合隼雄である。

河合隼雄の「中空構造」
河合は『中空構造日本の深層』の中で、古事記の神々の並び方に目をとめた。最初の三柱のうち、天之御中主神についてだけ、何も語られない。
同じ形は、ほかにもある。アマテラス、ツクヨミ、スサノヲの三柱でも、真ん中のツクヨミの物語は、ほとんどない。河合は、この「中心が何もしない」形を中空構造と名づけた。
中心を空けておくと、どちらかが勝って全体をまとめる、という決着の戦いを避けられる。そのため、対立するものが並んだまま、均衡を保っていられる。河合はこれを、中心にひとつの原理を立てて全体をまとめる西洋の心の形と比べた。
ひとことで言えば、河合の読みでは、日本神話の中心は空けてある。だから、違うものどうしが、争い切らずに並んでいられる。
ユングの「自己」とは、何か
ふだん「私は」と言う時の私。考えて、決めて、話している私。ユングは、これを自我と呼んだ。自我は、意識の中心である。
しかし、心は、自我が知っているよりずっと大きい。頭では「大丈夫」と思っているのに、なぜか涙が出る。決めたはずなのに、体が動かない。そんな時、自我の知らないところで、心はもっと大きく動いている。
そこでユングは、意識と無意識を合わせた心の全体に目を向けた。そして、その心の全体であり、同時にその中心でもあるものを、自己(セルフ)と呼んだ。
たとえるなら、自我は、暗い部屋を照らす懐中電灯の光の輪だ。光の当たっている所だけが、自分に見えている。一方、自己は、まだ光の当たっていない暗がりも含めた、部屋まるごとである。
ユングは、この自己を「中心であり、円周でもある」と言った。心の真ん中にありながら、心の全部を包んでいる、という意味だ。また、ユングには、丸い形の真ん中に何かを置いた図(マンダラ)を、毎朝のように描いた時期がある。そして、その図を、自己の姿だと考えた。
さらにユングは、心に現れる自己のイメージと、宗教が語る神のイメージとは、心の体験の中では見分けられないと考えた。
ひとことで言えば、ユングの言う自己は、心の真ん中にありながら、心の全部を包んでいる。
神話の中心の神さまは、何もしないまま、身を隠している。では、私たちはその見えない中心と、どう関わればいいのか。その答えは、思いがけない場所で見つかった。
空の中心に、どうすれば還れるのか?
2026年10月の半ば、私は大阪のサムハラ神社に参った。大阪市西区立売堀、ビジネス街の中に建つ神社である。名前に惹かれて、足が向いた。
御祭神は、天之御中主大神、高皇産霊大神、神皇産霊大神。あの造化三神である。ルーツは、岡山県津山市加茂の山の中にある奥の宮だとされる。
そこで出会った神さまは、私に言った。「本腰入れろ。」「お客さんがもっとつく。」「一石二鳥じゃ。」
ここの神さま、超現実的。こんなに地に足が着いた神さまは、初めてだった。その日のことは、noteに書いている。
二十年前、半紙に書いた神さまに「本腰入れろ」と煽られた(note)
二十年前、私は、何もしない中心の神に手を合わせていた。そして二十年後、その中心の神さまに、本腰を入れろと言われた。
私の読み:中心は身を隠して、私たちを試している
何もしない神と、超現実的な神。最初は、正反対に思えた。しかし、やがて気づいた。
天の中心の神さまって、一番足元を照らしている。
天之御中主神は、最初に現れて、身を隠した。そして、中心が消えたことで、私たちはその中心に試されているのではないか。今はそう思う。
中心は、空である。何もないところだ。その一方で、私たちのまわりには、いろいろなものがあふれている。しかし私は、その何もない中心に、足元を照らしてもらったことになる。
足元を見るほど、中心に還る
中心を目指しているつもりでも、上ばかり見ていると、中心には還れない。足元を見て、動く。その結果として、中心に還る。足元を見なければ、中心には還れないのだ。
よく言われるグラウンディングとは、こういうことなのかもしれない。地に足を着けるほど、人は中心に還っていく。
あの日も、私はサムハラ神社で、いつものようにグラウンディングをしながら、意識を宇宙のはるか彼方まで飛ばした。そして、戻ってきた。足元がしっかりしているから、遠くまで行って、帰ってこられるのではないか。
中心がいたる所にある円
中世ヨーロッパに、作者の分からない『二十四人の哲学者の書』という小さな本が伝わっている。残っている最も古い写本は、十二世紀のものだ。その中に、神をこう言い表した一文がある。「神は、中心がいたる所にあり、外周がどこにもない、無限の球である。」この言葉は、のちに「円」の形でも語り継がれていった。
私には、この言葉がこう聞こえる。中心は、一つではない。一人ひとりが、自分の円の真ん中に立っている。そして、その円から見える世界は、みんな違う。
ここで、さきほどのユングの言葉を思い出してほしい。自己は、中心であり、円周でもある。心の真ん中にありながら、心の全部を包んでいる。中世の言葉も、ユングも、「中心」と「それを包むもの」という同じ二つの言葉で語っていたのだ。
ユングの心理学を研究する人の中には、この定義を、あの中世の言葉と重ねて読む人もいる。神を語る言葉と、心の中心を語る言葉が、同じ形をしているのである。
世界の中心は、私の中心にある。そして、あなたの中心にもある。ここで言う足元とは、それぞれの現実のことだ。私の現実の中に、世界の中心がある。あなたの現実の中にも、宇宙の中心がある。
思えば、この感覚は、ずっと前から私の中にあった。
中学1年生のころ、私は学校が終わると、毎日のように友達とあちこち寄り道をしていた。
あのころは、ぼーっとしていると、自分の奥にあるものが、ふっと出てくる時期だった。たくさんではない。しかし、たぶん過去生のようなものも、あったと思う。
その日も、寄り道のあと、ひとりで学校の近くを歩いていた。両側に家が並ぶ、車のあまり通らない道だった。私は、ぼーっとしていた。すると、左上のほうから、ふっと声が聞こえた。
「あいみちゃん、あいみちゃん。」
そして、その声は言った。「みんな同じところにいるけれど、見えている世界は、みんな違うんだよ。」
同じ場所に立っていても、一人ひとりの真ん中から、それぞれの世界が広がっている。あの日の声は、そう教えてくれていたのかもしれない。
思えば、サムハラ神社で私が最後に口にした答えも、これだった。何しに来たのかと神さまに問われ、「世界の平和を祈るためです。」と答えて、嘘だと見抜かれた。そこで、言い直した。「私を中心とした世界の平和です。」神さまは「それでいい。」と言った。
ここまで、この記事には三つの「中心」が出てきた。一つめは、天之御中主神。神話の中で、天の真ん中にいる神だ。二つめは、ユングの自己。一人の人の、心の真ん中である。そして三つめは、「私を中心とした世界」。私が立つ場所から見える、世界の真ん中だ。
もともとは、それぞれ別の話である。しかし、私には、この三つが一本につながって見える。天の真ん中は、一人ひとりの心の真ん中にある。そして、その人が立つ足元から、その人の世界が広がっている。
先日、中之島のバラ園を歩いた夕暮れにも、私は同じことを書いていた。このバラ園は、全部、私のために咲いている。そして、あなたにとっては、あなたが中心のバラの世界がある、と。
「幸せの天才」このバラ、みんな私のために咲いてる。(note)
プエブロの人たちは、毎日の祈りで、太陽が空を渡るのを手伝っていた。天は、地上の人の働きを待っている。中心の神さまが「本腰入れろ」と言ったのも、そういうことなのかもしれない。
私の中にも、あなたの中にも
そして今、私はこう思う。天の中心は、空のどこか遠くにあるのではない。私たちが生きている、この世界そのものが中心なのだ。
足元の現実で、自分の使命を生き抜く。そうするほど、人は中心に還っていく。天之御中主は、身を隠したまま、そう伝えているのだと思う。
だとすれば、天之御中主は、私の中にいる。そして、あなたの中にもいる。
まとめ:神話を知ることは、何をくれるのか?
- 天之御中主神は、古事記で最初に現れて身を隠し、日本書紀では本文に出てこない、天の中心の神である。
- ユングは、神話を「今、自分が生きている物語」として問うた。そして河合隼雄は、日本神話の中心が空いている形を「中空構造」と呼んだ。
- 私は、何もしない中心が、身を隠して私たちを試しているのだと読む。その中心とは、私たちが生きているこの世界であり、足元の現実で使命を生き抜くほど、人は中心に還っていく。天之御中主は、そう伝えているのだと思う。
神話を知ることは、自分がどこから来たのかを知ることだ。そして、自分のルーツを知った人は、足元から軽やかに歩き出せる。二十年かけて、私はそこにたどり着いたのかもしれない。いや、まだ途中なのだろう。
自分の中心がどこにあるのか、分からなくなる時がある。何を選んでも、同じところに戻ってしまう時。そんな時の入口として、ai美は「はじまりに触れるセッション」をひらいている。
参考にした資料
- C.G.ユング著、A.ヤッフェ編、河合隼雄ほか訳『ユング自伝 思い出・夢・思想』みすず書房
- C.G.ユング『アイオーン』
- 河合隼雄『中空構造日本の深層』中公文庫
- 河合隼雄『神話と日本人の心』岩波現代文庫
- 河合隼雄著、河合俊雄ほか訳『日本神話と心の構造 河合隼雄ユング派分析家資格審査論文』岩波書店
- 『古事記』上巻、『日本書紀』巻第一 神代上 第一段
- 『二十四人の哲学者の書』(中世ヨーロッパ、作者不詳)
- 国立国会図書館 レファレンス協同データベース「トインビーの言葉とされる『民族の神話』の出典」