この記事の結論
- DVから離れられないのは、弱いからではない。優しさと暴力の落差が心を縛り、しかも別れようとする時ほど危険が高まるからである。
- だから、離れられないあなたが悪いのではない。暴力の責任は、いつも暴力をふるう側にある。
- 今できるのは、ひとりで抱えないこと。別れると決める前でも、相談はできる。
今、身の危険を感じている人へ
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目次
「なんで、逃げないの?」
友達は、心配して言ってくれた。悪気がないことは、分かっている。それでも、その一言を聞いた瞬間、喉の奥がきゅっと詰まる。
説明しようとしても、言葉が見つからない。
昨夜のことが嘘のように、今朝の相手は優しかった。台所からコーヒーの匂いがして、「ごめん」と小さな声で謝られた。その声を聞くと、胸の奥がふっとゆるむ。やっぱり、この人は本当は優しい人なのだ、と思ってしまう。
逃げればいい。頭では分かっている。それなのに、体が動かない。
この記事では、まず、逃げられない理由を事実から確かめる。そして、ai美の見立てに、脳科学・心理学・仏教の言葉を重ねていく。
そもそも、なぜ「逃げればいい」と言われても逃げられないのか
まず、あなたはひとりではない。
内閣府が2023年度に行った全国調査では、結婚したことのある女性の27.5%、男性の22.0%が、配偶者から暴力を受けたことがあると答えている。
そして、被害を受けた女性のうち46.7%は、「別れたい」と思いながら、別れなかった。命の危険を感じたことのある女性も、15.6%にのぼる。
「逃げればいい」と言う人には、逃げた後の暮らしが見えていない。当面のお金がない。住む場所がない。子どもを転校させなければならない。そして何より、逃げたことが知られたら、何をされるか分からない。
この最後の怖さは、気のせいではない。アメリカの研究者ジャクリーン・キャンベルらは、2003年、DVの末に命を奪われた女性の事例を、そうでない被害者と比べて調べた。
その結果、同居していた相手から離れようとした時期は、命の危険が大きく高まる時期であることが分かった。特に、相手が強く束縛するタイプの場合、その危険はさらに高かった。
ひとことで言えば、逃げないのではない。逃げることそのものが、一番危ない時があるのである。
だからこそ、ひとりで逃げようとしなくていい。相談窓口は、安全に離れるための段取りを、一緒に考える場所である。
しかし、壁はお金や住まいだけではない。心の内側でも、離れられなくなる仕組みが働いている。まずは、ai美がチャネリングで見ていることから書いていく。
ai美の見立て:落差の中で、何が起きているのか
チャネリングで、DVの相手から離れられない人を見ると、まず見えてくるのは、激しい落差である。
優しい時は、とっても優しい。夢ごこちになるほどに。そして、暴力の時は、死ぬ思いをする。
その落差の中にいると、感覚が少しずつ麻痺していく。もっと強い刺激を求めるわけではない。けれど、「もう、どうにでもなれ」という投げやりな静けさが、心の底に沈んでいく。
そして、私にはもう一つ、見えるものがある。
「この人にとって、私は価値がある」
「私は、求められている」
暴力の後に差し出される優しさは、その人に、自分がここに存在していいという感覚を与えてしまう。自己存在感である。
そして、二人のあいだには、目には見えないつながり、コードがついていることが多い。優しさと暴力の落差が大きいほど、そのコードは太く、強くなっていく。だから、体が離れても、心が引き戻される。逃げられないのは、このコードのせいでもある、と私は感じている。
私自身にも、覚えがある。かつて、占い電話をやめられなかった頃のことだ。今度こそやめる、と決めたのに、また電話をかけてしまう。
電話を切ったあとには、「またやってしまった」と自分を責めた。今思えば、私と占いのあいだには、コードがついていた。だから、頭でやめると決めても、離れられなかったのである。
もちろん、占い電話と暴力は、まったく違う。けれど、見えないつながりが人を引き戻す力の強さは、私も身をもって知っている。
だから、離れた後の静かな暮らしが、かえって心細くなることがある。誰にも強く求められない自分が、ここにいていいのか分からなくなる。そして、また強く求めてくれる人のもとへ、心が向いていく。それが、同じ関係を繰り返してしまう理由の一つだと、私は感じている。
頭では、離れた方がいいと分かっている。それなのに、心が同じ方へ引き戻されてしまう。これは、あなたが選んでいるのではない。潜在意識に残ったノイズが、知っている形の関係へ、心を引き戻しているのである。それほどの魔力が、ノイズにはある。
それは、あなたが暴力を望んでいるからではない。自分の存在を確かめたい心が、一番強く応えてくれる場所を探してしまうのである。そして、ノイズは、ほどくことができる。
では、この見立てに、研究の言葉を重ねるとどう見えるのだろうか。
脳科学:なぜ、「どうにでもなれ」と体が動かなくなるのか
1967年、心理学者マーティン・セリグマンらは、ある実験で、自分ではどうにもできない不快な体験を繰り返した犬が、のちに簡単に逃げられる状況になっても、逃げようとしなくなることを見つけた。これは「学習性無力感」と呼ばれ、長いあいだ「無力さは、経験から学んでしまうもの」と考えられてきた。
しかし2016年、セリグマン自身が、神経科学者スティーブン・マイヤーとともに、この考えを見直す論文を発表した。50年分の脳の研究を踏まえると、話は逆だったのである。
どうにもできない状況で動かなくなるのは、学んだ結果ではなく、脳のもともとの反応だった。そして後から学ぶのは、「自分の行動で、状況を動かせる」という感覚の方だった。
ひとことで言えば、どうにもできない状況で動けなくなるのは、脳が自然に身を守っている反応である。
つまり、見立てで見えていた「どうにでもなれ」という麻痺は、意志の弱さではない。何をしても暴力が止まらない日々の中で、脳が身を守っている姿なのである。そして、「自分で状況を動かせた」という小さな経験は、これから取り戻していくことができる。
それでも、「あの人のことが好き」という気持ちが残るのは、なぜなのだろうか。
心理学:なぜ、ひどいことをされても離れられないのか
心理学者レノア・ウォーカーは、1979年、多くの被害女性の話を聞く中で、DVには繰り返される流れがあると指摘した。緊張が少しずつ高まる時期。暴力が爆発する時期。そして、相手が謝り、驚くほど優しくなる時期。この流れが、何度も繰り返される。
さらに、ドナルド・ダットンとスーザン・ペインターは、1993年、相手から離れた女性たちを調べ、「トラウマ・ボンディング」と呼ばれる結びつきを確かめた。
ひどい扱いと優しさが不規則に交互に来ること、そして二人の力の差が大きいこと。この二つが強いほど、相手への心の結びつきは強かった。しかも、その結びつきは、離れて半年たっても続いていた。
ひとことで言えば、優しさと暴力の落差が大きいほど、相手との結びつきは強くなる。それは、あなたの判断力が弱いからではない。
つまり、見立てで見えていた「落差」と「コード」は、研究の言葉では、トラウマ・ボンディングと呼ばれる結びつきと重なるのである。だから、離れた後も相手が恋しくなるのは、自然なことである。それを、自分を責める理由にしなくていい。
では、やっと離れられたのに、なぜ心はまた相手のもとへ戻ってしまうのだろうか。
心理学:なぜ、離れた後も心が戻ってしまうのか
心理学者キム・バーソロミューは、人が親しい相手とどう結びつくかを、「自分をどう見ているか」と「相手をどう見ているか」の二つで整理した。そのうち「とらわれ型」と呼ばれる結びつき方の人は、自分には価値が足りないと感じ、相手に受け入れられることで、ようやく自分の価値を確かめようとする。
そして1997年、ヘンダーソン、バーソロミュー、ダットンは、暴力をふるう相手から離れたばかりの女性63人を、半年にわたって調べた。
その結果、88%の女性が、自分を否定的に見る結びつき方(おそれ型、またはとらわれ型)を主に持っていた。さらに、とらわれ型が強い人ほど、それまでに何度も別れては戻っており、離れた後も相手への気持ちが続いていた。
ひとことで言えば、「相手に受け入れられて、はじめて自分に価値がある」と感じる心は、離れた後も、相手のもとへ心を引き戻す。
これは、見立てで見えていた「求められている」という自己存在感と、そのまま重なる。ただし、この結びつき方は、性格の欠点ではない。
多くは、幼い頃からの人との関わりの中で、身を守るために身についたものである。そして、大人になってからも変わりうるとされている。
では、なぜ別の人と出会っても、同じような関係が繰り返されてしまうのだろうか。

ユング:なぜ、同じような関係が繰り返されるのか
心理学者カール・ユングは、著書『アイオーン』の中で、内側の状態が意識されないままだと、それは外側で、運命として起こる、と書いた。この一文を人との関係に当てはめると、自分の奥にある思いに気づかないままだと、それが外の出会いとして現れる、と読むことができる。
ユングは、心の奥に、強い感情を伴ったまま固まっている思いのかたまりを「コンプレックス」と呼んだ。そのかたまりは、本人が気づかないまま、人との関わり方に影響していく。
ひとことで言えば、自分の奥にある思いに気づかないままだと、それは「同じような関係」という形で、外側に繰り返し現れる。
この理論は、見立てで見えていた「また強く求めてくれる人のもとへ、心が向いていく」流れを、よく説明している。「求められなければ、ここにいてはいけない」という思いが奥に残っている時、その思いにつけ込む相手と、また出会ってしまうことがある。
ただし、これは、あなたが暴力を引き寄せたという意味ではない。暴力の責任は、いつも暴力をふるう側にある。ユングの理論が教えてくれるのは、心の奥の思いに気づいていけば、繰り返しは変えられる、ということである。
それでは、やっと離れた人が、なぜこんなにも苦しいのだろうか。最後に、二千五百年前の教えに尋ねてみる。
仏教:なぜ、離れた後もこんなに苦しいのか
離れられた。それなのに、胸に穴が空いたように苦しい。相手の声を思い出す。あの優しかった朝を思い出す。離れたことが正しかったのか、分からなくなる。
ブッダは、最初の説法で、人が生きる中で避けられない苦しみを挙げた。その一つが「愛別離苦(あいべつりく)」、愛する者と離れる苦しみである。
たとえ暴力をふるう相手であっても、優しかった時間は、本物の記憶として心に残る。だから、離れた後に苦しいのは、あなたの選択が間違っていたからではない。愛したものと離れる時、人は誰でも苦しむのである。
そして仏教は、苦しみには原因があり、その原因は手放せる、と説く。苦しみがあること(苦)。苦しみには原因があること(集)。原因が消えれば、苦しみも消えること(滅)。そのための道があること(道)。この四つの真理が、仏教の中心である。
ひとことで言えば、離れた後の苦しさは、間違いの証ではない。愛したものと離れる人なら誰もが通る苦しみであり、その苦しみは、少しずつほどけていく。
まとめ:見立てに戻る
最初に書いた、私の見立てに戻ろう。
- 私が見ていた「夢ごこちと、死ぬ思いの落差」と「コード」は、研究の言葉では、暴力のサイクルとトラウマ・ボンディングと重なっていた。
- 「どうにでもなれ」という麻痺は、どうにもできない状況で、脳が身を守る自然な反応だった。
- 「求められている」という自己存在感は、自分を否定的に見る結びつき方として、研究にも現れていた。
- 同じような関係が繰り返されることは、ユングの「気づかれない思いは、外側で運命として起こる」という言葉と重なっていた。
- そして、離れた後の苦しさを、仏教は「愛別離苦」として、誰もが通る苦しみだと説いていた。
しかし、研究も理論も教えも、たどれないところがある。なぜ、この人が、そこまで「求められること」に自分の存在を預けてしまうのか。その渇きは、いつ、どこから始まったのか。
ai美が見ているのは、そこである。「求められなければ、ここにいてはいけない」という感覚は、潜在意識に残るノイズの一つだ。
そのノイズがクリアされていくと、人は、誰かに強く求められなくても、自分がここにいていいと感じられるようになる。すると、繰り返してきた関係の形も、少しずつ変わっていく。
初回のセッションでは、何を見るのか
まず、今まさに暴力の中にいる人は、安全を一番に考えてほしい。セッションより先に、冒頭の相談窓口を頼ってほしい。
ai美の「はじまりに触れるセッション」は、相手から離れた後も苦しさが続いている人や、同じような関係を繰り返してしまう人のための時間である。まずチャネリングで、今の苦しさを生んでいるものを特定する。
チャネリングで見ていくこと
- どんな時に、いちばん「求められたい」と感じるか
- 相手から離れた時、何が怖いと感じているか
- その感覚は、いつから続いているものなのか
- 本当は、どんな関係の中で安心したいのか
そして原因が見えたら、必要に応じて本コースで、潜在意識に残るノイズをクリアしていく。
Zoom・60分・15,000円(税込)・初回限定
最後に

「なんで、逃げないの?」
その問いに、もう答えなくていい。逃げられなかったのには、ちゃんと理由があった。
そして、もし同じような関係を繰り返してきたとしても、それはあなたの責任ではない。心に残ったノイズは、ほどくことができる。だから、あなたは乗り越えられる。
あなたは、落差の中で、それでも今日まで生きてきた。そのことを、私は本当に強いことだと思う。
だから、今、暴力の中にいるなら、まずは冒頭の相談窓口を頼って、安全な場所を確保してほしい。疲れ切っている時は、休んでいい。そして、心が少し落ち着いて、自分の奥にあるものと向き合いたいと思えた時、よかったら私を訪ねてきてほしい。
あなたは、誰かに強く求められなくても、ここにいていい。
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よくある質問
Q. 離れられない私は、弱いのでしょうか?
いいえ。離れられないのには、お金や住まい、別れようとする時の危険、そして優しさと暴力の落差が心を縛る仕組みなど、いくつもの理由があります。弱さではありません。
Q. 相談したら、すぐに別れなければいけませんか?
いいえ。相談したからといって、すぐに別れなければならないわけではありません。まずは、話を聞いてもらうだけでも大丈夫です。安全に離れるための段取りも、一緒に考えてもらえます。
Q. 男性でも相談できますか?
はい。内閣府の調査では、結婚したことのある男性の22.0%も、配偶者から暴力を受けたことがあると答えています。DV相談ナビ(#8008)やDV相談+は、性別を問わず相談できます。
Q. チャネリングで、DVは解決しますか?
チャネリングやノイズクリアは、暴力そのものを止めるものではありません。今、暴力の中にいる時は、まず相談窓口や警察を頼ってください。
ai美のセッションは、離れた後も続く苦しさや、同じような関係を繰り返してしまう理由を見ていくためのものです。医療行為ではありません。
参考文献・出典
- 内閣府男女共同参画局(2024)「男女間における暴力に関する調査報告書」(令和6年3月)
- Campbell, J. C., et al. (2003). Risk factors for femicide in abusive relationships: Results from a multisite case control study. American Journal of Public Health, 93(7), 1089–1097. https://doi.org/10.2105/AJPH.93.7.1089
- Maier, S. F., & Seligman, M. E. P. (2016). Learned helplessness at fifty: Insights from neuroscience. Psychological Review, 123(4), 349–367. https://doi.org/10.1037/rev0000033
- Walker, L. E. (1979). The Battered Woman. Harper & Row.
- Dutton, D. G., & Painter, S. (1993). Emotional attachments in abusive relationships: A test of traumatic bonding theory. Violence and Victims, 8(2), 105–120.
- Bartholomew, K., & Horowitz, L. M. (1991). Attachment styles among young adults: A test of a four-category model. Journal of Personality and Social Psychology, 61(2), 226–244.
- Henderson, A. J. Z., Bartholomew, K., & Dutton, D. G. (1997). He loves me; he loves me not: Attachment and separation resolution of abused women. Journal of Family Violence, 12(2), 169–191.
- Jung, C. G. (1951/1959). Aion: Researches into the Phenomenology of the Self. Collected Works, Vol. 9 Part II, para. 126.(『アイオーン』)
- 『転法輪経』(相応部 56.11)