この記事の結論

  • 原因:近い立場にいる人は、あなたを比較の対象にすることがある。こちらに競争する意思がなくても、相手の中では勝ち負けが始まることがある。
  • あなたは悪くない:相手は、自分の価値をあなたとの勝負に賭けている。問題は、相手の自己評価の側で起きている。
  • 今できること:相手の物差しに乗らない。無視しようと力むより、心の中でひと言つっこんで、土俵の外に出る。
明るいオフィスで、隣り合ってパソコンに向かう二人の女性

はじめに:隣の席から、意識が寄ってくる

ある職場で、パソコンに向かってキーを打っていた。

隣の席の人は、こちらを見ていない。自分の画面に目を向けたまま、手を動かしている。それなのに、意識だけが、ぴたーっと寄ってくる。

「負けない」。

その気持ちが、横から入ってくるのを感じた。心臓がピリッとする。呼吸が浅くなる。顔がこわばり、気づくと歯を食いしばっている。体には触れられていないのに、体のまわりの、目に見えない層に聴診器を当てられている。そんな気持ち悪さだった。

私はエンパスで、人の感情が自分のことのように入ってくる。だから、その人が、自分の方が上だと始終思っていることも、はっきり伝わってきた。

そして、その人は、それを一生懸命に表現していた。その人にとって、負けを認めることは、あってはならないことのようだった。

だから、私はそうさせてあげた。「さすがですね」を連発した。相手が上に立てば、勝負は終わると思ったからだ。しかし、終わらなかった。そして、こちらはただ疲れた。

もっと強い聴診器もあった。ずっと昔、電話営業の仕事をしていた頃のことだ。

業務中、ずっと、後ろの席から聴診器を当てられていた。壁を作ろうとした。しかし、無理だった。めちゃくちゃ疲れた。勘弁してほしかった。人が嫌がることを、ずっとし続けているのだから。

その頃、私は毎日、24時間、トークのことを考えていた。どんな言葉で、受話器の向こうのお客さまに愛を渡すか。初めて話す人と、どうやって一瞬で関係を結ぶか。

心理学を学んできた下地もあって、声のわずかな揺れから、言葉にならない気持ちを読み取る。好きな仕事だったから、セールスやマーケティングの本も読み続けた。そうして、心を溶かす流れと、珠玉の言葉を磨いていった。

ある日、ハッと気がつくと、私の言葉が、後ろの席から聞こえてきた。

受話器の向こうで、お客さまの声がふっとやわらぐ瞬間。そのために磨いてきた言葉を、そのまま、なぞられていた。怒りが湧いた。

勝手にライバル視される。見られる。ときには、積み上げたものを持っていかれる。なぜ、こちらは何もしていないのに、競争相手にされるのだろう。そして、なぜ、こんなにも疲れるのだろう。

私の見立ては、こうだ。ライバル視は、相手の中で起きている。相手は、自分の価値を測る物差しに、私を使っている。

この見立てを、心理学、脳科学、仏教で確かめていく。読み終える頃には、相手の物差しから降りる道が見えているはずだ。

心理学:なぜ、何もしていない私がライバルにされるのか

まず、ライバルとは何かを確かめたい。ニューヨーク大学のギャビン・キルダフは、ライバル関係を研究してきた人である。彼の研究によると、ライバル関係を生む条件は三つある。

似ていること。何度も競い合うこと。そして、過去の勝負が拮抗していることだ。ランナーを調べた研究では、一人あたり平均して約三人のライバルがいた。

ここで大事なのは、ライバル関係が、客観的な実力差だけでなく、近さや似ていること、過去の競い合いといった、二人の関係から生まれるものとして研究されている点である。

つまり、こちらが何も思っていなくても、相手の中ではライバル関係が始まっていることがある。年齢が近い。同じ部署にいる。同じ仕事をしている。それだけで、条件の一つはそろってしまう。

さらに、キルダフらは2016年に、ライバルとの競争が、ただの競争とどう違うのかを調べた。ライバルを相手にすると、人は地位を強く気にするようになり、自分の価値が勝ち負けに左右されやすくなった。

そして、とにかく結果で上回ろうとする気持ちが強まり、嘘や欺きといった不正な行動が増えた。しかも、ライバルのことを思い浮かべるだけで不正が増え、それはライバルとは無関係な分野にまで広がった。

ここからは私の読みである。人が磨いた言葉を黙って持っていくことも、この線の上にあるのかもしれない。ライバル視は、勝負の場面だけでなく、相手の頭の中に住み続けるからだ。

では、なぜ、そこまで勝ち負けにこだわるのか。社会心理学者のテッサーは、身近な人が、自分にとって大事な分野で自分より良い結果を出すと、自己評価が下がりやすいことを示した。

反対に、自分にとって大事でない分野なら、身近な人の活躍はむしろ誇らしく感じられる。つまり、近い距離で、同じ土俵に立っているように見える人ほど、相手にとっては脅威になる。この仕組みは「足を引っ張る人の心理」でも詳しく書いている。

また、自己愛の研究には「自己愛的ライバル性」という考え方がある。他人の価値を下げ、相対的に優位に立とうとする、自分を守るための戦略である。

そして、この傾向は、自分が望むほど優れていないと感じさせられる場面で引き起こされると考えられている。ただし、目の前の一人がそうだと、研究から決めることはできない。

ひとことで言えば、ライバル視は、相手が自分の価値を、あなたとの勝負に賭けているときに起きる。

したがって、ライバル視されるのは、あなたが何かをしたからではない。似た場所に、近い距離で立っていた。それだけで、相手の中の勝負は始まる。

では、なぜ、見られていないのに、見られている気がするのだろうか。

脳科学:なぜ、見られていないのに、見られている気がするのか

隣の席の人は、こちらを見ていなかった。それでも、見られている感じがした。この感覚を、二つの方向から確かめたい。

一つ目は、見られる側の脳である。2013年、マレシャルらは、コンピューターで作った顔の目元をぼかし、視線がどこを向いているか分かりにくくする実験を行った。すると、参加者は、視線が自分に向いていると判断しやすかった。

人の脳には、「他人の視線は自分に向いている」という前提がある。そして、暗い場所や、相手がサングラスをかけているときのように、はっきり見えないときほど、この前提が強く働く。

研究者たちは、その理由を、まっすぐな視線は脅威の合図になりうるので、見逃さない方が安全だからだと推測している。

つまり、人の脳は、自分に向かう視線を多めに読み取る方向に傾いている。ただし、この研究が測ったのは視線の読み取りまでで、相手の競争心のような、目に見えないものまでは測っていない。

二つ目は、見る側の脳である。2004年、ディセティらは、人と協力してゲームをするときと、競争してゲームをするときの脳の働きを比べた。その結果、競争のときに特に働いたのは、内側前頭前野と呼ばれる部位だった。

この部位は、相手が何を考えているかを推し量る働き(心の読み取り)と結びついている。目的が食い違う競争の場面でこそ、相手の心を読む必要があるからだ。

さらに、妬みの研究もある。2009年、高橋英彦らは、自分と似た人が、自分にとって大事な分野で優れていると、痛みの処理にも関わる部位が強く働くことを示した。ライバル視している側も、実は痛みを抱えているのである。

ここから先は、私の実感である。競争モードに入った人は、相手の意図や次の動きを、読み続けているのかもしれない。私が感じた聴診器は、その読み取りが、こちらに向けられている感覚だったように思う。

ひとことで言えば、競争の場面では、相手の心を読む部位が働く。そして、人の脳は、自分に向かう視線を多めに読み取る。

したがって、見られている感覚を、気のせいと片づける必要はない。研究で分かるのは、人の脳が視線や競争にどう反応するかまでである。ここからは、私の実感である。感じ取る力が強い人は、研究では測れないものまで受け取っている。

エンパスやサイキックと呼ばれる人の感覚は、それだけ高性能なのだ。だから、その感覚をつぶさなくていい。まず、自分が感じたことを、自分で認める。そのうえで、どう対処するかを考えればいい。

しかし、気づいたところで、どうすればいいのか。無視すればいいのだろうか。

心理学:なぜ、無視しても疲れるのか

私も、最初は無視しようとした。相手は相手、私は私のペースで。しかし、それも疲れた。そして、あるとき気づいた。無視しようとする意識が、まったく無視していない。

これは、心理学でよく知られた現象と重なる。ウェグナーらの「シロクマ実験」である。「シロクマのことを考えないでください」と言われた人ほど、シロクマが頭に浮かぶ。

考えないようにするには、何を考えないかを見張り続けなければならないからだ。つまり、無視しようと力むほど、意識は相手に縛られていく。

さらに、疲れの正体に近づく研究がある。2015年、ジェーンらは、オランダの大学生84人を対象に、こんな実験を行った。参加者は、パソコン越しに別の学生と組んで課題に取り組むと告げられる(実際には、相手は存在しなかった)。

そして、「あなたは仕事で意見の対立を感じやすいタイプ」「相手は感じにくいタイプ」というように、二人のタイプが同じか違うかを伝えられた。

すると、タイプが違うと伝えられた組では、「この相手と働いて満足できそうか」という期待が下がった(7段階で、同じ組は5.07、違う組は4.50)。

さらに、話し合ったあとの成績も逆の方向に動いた。同じ組は話し合いのあと間違いが減ったが、違う組では、かえって間違いが増えたのである。

興味深いのは、二人とも対立を感じる組も、二人とも感じない組も、結果は良かったことだ。悪かったのは、片方だけが対立を感じている組だった。研究者たちは、大事なのは対立の量ではなく、その度合いについて二人の認識がそろっているかどうかだ、と結論づけている。

そして、相手の考えが分からない不確かさは、ストレスや不安と結びつくと説明している。なお、これは仕事上の意見の対立を扱った短時間の実験で、ライバル視そのものを調べたものではない。

ここからは、私の読みである。ライバル視されるつらさは、この「ずれ」にあるのではないか。相手は勝負している。しかし、私は勝負していない。相手は降りられない。けれども、私には乗る気がない。この温度差が、ずっと続く。だから、何もしていないのに、消耗する。

ひとことで言えば、つらいのは、対立そのものより温度差である。そして、無視しようとする力は、かえって意識を相手に縛りつける。

したがって、疲れるのは、あなたが弱いからではない。心の仕組みとして、そうなるのである。だから、休むべきときは、休んでいい。

では、勝負にも乗らず、無視で縛られもしない道はあるのだろうか。二千年以上前の経典が、その答えを書いている。

仏教:比べる心から、どう離れるのか

仏教には、「慢(まん)」という煩悩がある。他人と比べて、心が高ぶることを指す。面白いのは、その分け方だ。「自分の方が上だ」と思うのも慢。「同じくらいだ」と思うのも慢。

そして、「自分の方が劣っている」と思うことさえ、慢とされる。つまり、仏教が問題にしているのは、上か下かではない。比べること、そのものである。

ちなみに、この慢を細かく分けた「七慢」の一つに、「我慢」がある。今では「耐えること」の意味で使われるが、もとは「自分に執着して高ぶる心」を指す言葉だった。

最古層の経典の一つ『スッタニパータ』には、さらに踏み込んだ言葉がある。自分は他人と等しい、勝れている、劣っていると考える人は、それによって争う、と説かれているのだ(842偈)。

比べる心が、争いを生む。ライバル視の仕組みが、二千年以上前に、すでに書かれていた。

同じ章の「パスーラ経」は、もっと生々しい。議論に勝とうとして人の集まりに飛び込み、互いを愚か者とみなし、称賛を求めて争う人たちが描かれている。そして、勝った人は得意になり、その高ぶりが、のちの悩みの種になると説く。

さらに、論争相手を探して回るパスーラに向けて、こう語られる。王の食事で育った力自慢のように、相手を探して吠えて回っても、見解と見解をぶつけ合わない人たちの中に、あなたの相手はいない、と。

ここで、「さすがですね」を連発した自分を思い出した。相手を上に立たせれば、勝負は終わると思っていた。しかし、下の役を引き受けることも、勝負への参加の一つの形だったのだ。上でも、下でも、同じでもない場所に立たなければ、相手の物差しからは降りられない。

ひとことで言えば、比べることから降りる。相手のいない土俵では、勝負は成立しない。

したがって、ライバル視されたとき、あなたがすることは、勝つことでも、負けてあげることでもない。相手の物差しの上に、乗らないことである。

床に描かれた円の外へ、一歩踏み出す足元

とはいえ、頭で分かることと、実際にそうできることは違う。では、私自身はどうだったのか。

私の実感:物差しを持つ回路が、動いていない人もいる

大学生のとき、ゼミの先輩に言われたことがある。

「君たちは、ライバルなんだよ」

同じゼミの女性は、その気になった。そして、それまで以上に、研究に熱心に取り組み始めた。一方、私は何も変わらなかった。無視したというより、同じ土俵に乗っている感覚が、そもそもなかったのである。

今、振り返って思う。私には、物差しを持つ回路が、もともと動いていなかったのかもしれない。

こう書くと、他人に無関心な人のように聞こえるかもしれない。しかし、そうではない。人には愛があればいい。ライバルはいらない。

好きなこと、夢中になれることをやっていればいい。そうしていれば、それが自分の成長になり、ひいては世界の進化に貢献すると思っている。

心理学では、目標の持ち方を大きく二つに分ける。人に勝つこと、上に見られることを目指す「成績目標」と、自分が上達すること、理解を深めることを目指す「習得目標」である。

キルダフらの研究で、ライバル関係が強めていたのは前者だった。私が電話営業のトークを24時間考え続けたのも、誰かに勝つためではない。どうすればお客さまに愛を渡せるか、それが知りたかっただけだ。

だから、後ろの席の人が持っていったのは、言葉だった。しかし、私が積み上げたのは、言葉の奥にある流儀である。心理学の下地も、声のサインを読む訓練も、お客さまのことを考え続けた時間も、真似することはできない。真似できるのは、言葉だけだ。

書き込みのあるノートとヘッドセットが置かれた、自然光の差すデスク

そして、聴診器を当てられる気持ち悪さを知っているから、私は誰にも聴診器を当てない。ビジネスの世界では、同業他社の分析がよくすすめられる。

しかし、私はしない。人の言葉を覗かず、自分の研究から組み立てる。相手の物差しに乗らないだけでなく、自分も物差しを持たない。それが、私の流儀である。

もちろん、ライバルを励みにしている人もいる。キルダフの研究でも、ライバルが出るレースでは、ランナーの走りが速くなっていた。ライバルを持つことが悪いわけではない。ただ、ライバルを必要としない生き方もある、ということだ。

最後に、あの隣の席に戻りたい。

無視は、意識を向け続けることだった。「さすがですね」は、下の役で勝負に参加することだった。では、何がよかったのか。今、冷静になって振り返ると、答えは一つである。

心の中で、こう叫べばよかった。

「あんた、アホか。」

ひと言つっこむことは、無視とは違う。一度、受け止めて、ぽんと手放すことだ。上でも下でもなく、土俵の外へ出る一歩である。

そういえば、お釈迦さまも、パスーラにつっこんでいた。戦いたいなら、戦いのある場所へ行けばいい。ここに、あなたの相手はいない。あれは、二千年以上前の、上品な「あんた、アホか」だったのだと、私は思う。

もっとも、心の中の声でも、気づく人は気づくのだけれど。

よくある質問

Q. 勝手にライバル視してくる人は、どんな心理なのか。

自分の価値を、あなたとの勝負に賭けている状態である。研究では、ライバル関係は「似ている」「何度も競い合う」「実力が近い」ときに生まれやすい。

こちらに競争する意思がなくても、相手の中では勝ち負けが始まることがある。つまり、あなたが何かをしたからではない。

Q. 見られている気がするのは、気のせいなのか。

気のせいと片づける必要はない。人の脳は、視線がはっきりしないとき、自分に向いていると読みやすい。また、競争の場面では、相手の心を読む部位が働く。

研究が測れるのはここまでだが、感じ取る力が強い人は、それ以上のものを受け取っている。自分の感覚を疑ってつぶすより、まず認めて、そのうえで対処を考えればいい。

Q. 無視すれば、楽になるのか。

かえって疲れることがある。考えないようにするほど、意識はその対象に縛られるからだ。無視しようと力むより、心の中でひと言つっこんで手放す方が、土俵の外に出やすい。

Q. 仕事のやり方や言葉を真似されたら、どうすればいいのか。

怒りが湧くのは自然なことである。そのうえで、真似できるのは表に出た言葉や形だけで、それを生んだ考え方や積み上げた時間までは持っていけない。実務で困る場合は、信頼できる人に相談してもよい。

Q. ライバルを持つのは、悪いことなのか。

悪いことではない。ライバルがいることで、力を発揮できる人もいる。ただし、ライバル関係は不正な行動を増やすという研究もある。ライバルを必要としない生き方もある、と知っておくだけで、選べる道は増える。

Q. 「足を引っ張る人」とは、何が違うのか。

足を引っ張るのは、あなたが持っているものへの反応で、行為として表に出る。一方、ライバル視は、相手があなたを物差しにしている状態で、行為がなくても、まなざしとして続く。足を引っ張る心理については「足を引っ張る人の心理」で詳しく書いている。

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参考文献・出典

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  • 『スッタニパータ』第4章 842偈、「パスーラ経」

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