頑張る人の足を引っ張る心の奥には、「比べられる痛み」があることが多い。
引っ張られるのは、あなたの頑張りが間違っているからではない。小さくなる必要はない。
苦しい場所から距離を取ることは、逃げではない。

目次
「今は休んだ方がいいよ。頑張らなくていいよ」
大学に合格した春のことである。春休みになったら、絵を描こう。そう決めていた矢先に、ある人からこう言われた。
頑張ろうとしているときに、なぜ止められるのか。私には、それが分からなかった。
頑張りたいときに限って、ブレーキをかける言葉が飛んでくる。「そんなに頑張らなくても」「ほどほどでいいよ」。しかも、たいていは笑顔で、やさしい声で言われる。そのため、言い返しにくい。そして、言われた側には、冷えた気持ちだけが残る。
もちろん、本当にこちらを心配して、休むよう勧めてくれる人もいる。しかし、頑張ろうとする気持ちそのものを、止めにくる言葉もある。
あなたにも、似た経験はないだろうか。
なぜ、人は頑張る人の足を引っ張るのか。そして、引っ張られたとき、どう受け止めればいいのか。
はじまりの問い──頑張られると、困る人がいる
振り返ると、こうした場面は一度ではなかった。
派遣社員として働いていた頃、頑張りたい私に、こう言う人がいた。
「みんな頑張らないで、それなりのところでやろうよ」
教員だった頃は、こうしたことを口に出す人はいなかった。しかし、そういう空気は、あったのかもしれない。私はがむしゃらに頑張ったし、周りもそうだったと思う。しかし、人によっては違ったのである。
私が頑張りたいのは、自分の評価を上げるためではない。教員だった頃は子どもたちのために、今はクライアントのために、頑張りたいのである。
仕事の場面では、ほかにもある。私は、残業をしなくて済むように、勤務時間の中でどれだけ力を出せるかを考えて働く。しかし、長く残って働くことが当たり前の場所では、それが歓迎されるとは限らない。
ある職場では、仕事の説明を受けたとき、業務改善はしなくていい、病気になっても定年まで勤められる、という話をされた。
私は、言葉を失った。私には、成長したいという欲求がある。業務改善をしないで、どうやって仕事をすればいいのだろう。
そして、気づいた。私に頑張られると、困る人がいるのだと。
では、なぜ頑張る人は、足を引っ張られるのか。私の見立ては、こうである。自分も頑張らなければいけない。そう思うのが、嫌なのだと。
この見立ては、当たっているのか。脳科学、心理学、スピリチュアルの三つの視点から確かめてみたい。なお、この問いは「頑張ることはいいこと?」を書く中で生まれたものである。

脳科学:なぜ、人の頑張りが苦しくなるのか
まずは、脳の話である。人の成功や失敗を見たとき、脳の中では何が起きているのか。
妬ましい人の成功は「痛み」、失敗は「報酬」
2009年、放射線医学総合研究所の高橋英彦らは、妬みと、他人の不幸を喜ぶ気持ち(シャーデンフロイデ)が、脳のどこで生まれるのかを調べ、科学誌『Science』に発表した。
実験の参加者は、架空の人物についての情報を読む。そして、その人物が自分より優れたものを持ち、しかもそれが自分にとって大事な分野であるとき、妬みは強くなった。
このとき、脳の前部帯状回という場所が、より強く働いていた。前部帯状回は、体の痛みや心の葛藤にも関わる場所である。
続く実験では、その妬ましい人物に不幸が起こる。すると、喜ぶ気持ちが強まり、報酬に関わる腹側線条体が活動した。さらに、最初の実験で前部帯状回が強く働いた人ほど、二つ目の実験で腹側線条体も強く働いていた。
研究チームは、この結果を「あなたの得は私の痛み、あなたの痛みは私の得」という題で報告している。つまり、妬みが強いほど、相手のつまずきは、どこか「ごほうび」のように感じられやすいのである。
ひとことで言えば、人は、うらやましい相手がうまくいくと胸が痛み、つまずくと少しほっとしてしまうことがある。
痛むのは「自分にとって大事な分野」だけ
この研究には、見落としやすい大切な点がある。人は、あらゆる成功を妬むわけではない。妬みが強くなったのは、自分にとって大事な分野で、相手が上回ったときであった。
自分と関係のない世界の成功なら、素直に「すごい」と言える。しかし、同じ場所で、同じことをしている人の成功は、胸に刺さりやすい。
この研究は、職場での行動そのものを調べたものではない。それでも、足を引っ張る手が、遠くの誰かより、すぐ隣から伸びてきやすいのは、うなずける話である。
脳科学から見た答え
自分にとって大事な分野で、近くの人がうまくいく。すると、脳の中では、痛みに関わる場所が働く。足を引っ張る心の奥には、この痛みがあると考えられる。そして、痛みがあるからといって、人の足を引っ張っていいわけではない。
しかし、これは実験の場面での集団の傾向であり、目の前の一人の心を言い当てるものではない。脳の研究だけでは、人がどう行動するかまでは分からない。そこで次に、行動を扱った心理学の研究を見ていく。

心理学:なぜ、頑張る人を遠ざけたくなるのか
次に、心理学の視点である。脳の中の痛みは、人と人との間で、どのような行動になって表れるのか。
近い人の成功ほど、心が揺れる
1954年、心理学者のレオン・フェスティンガーは社会的比較理論を発表した。人は、はっきりした物差しがないとき、他人と比べることで自分の位置を知ろうとする。しかも、比べる相手に選ばれやすいのは、自分と似た人である。
この考えをさらに深めたのが、心理学者のエイブラハム・テッサーである。テッサーは自己評価維持モデルの中で、身近な人が、自分にとって大事な分野で自分を上回ったとき、人の自己評価は大きく脅かされると考えた。
そして、そのとき人は、相手との距離を取るか、その分野を「大したことではない」と思い直すか、相手との差を縮めようとするか、いずれかの形で心を守ろうとする。
1980年にテッサーらが行った実験は、差を縮めようとする反応の一つを示している。参加者は、言葉当てのゲームで、友人と見知らぬ人にヒントを出す役になった。
ゲームが「言葉の知能を測るもの」と伝えられると、参加者は友人に、見知らぬ人よりも難しいヒントを出す傾向を見せた。一方、「ただの遊び」と伝えられたときは、友人の方を助けたのである。
大事な分野で、近い人に負けたくない。この気持ちは、ときに親しい相手への手助けさえ、そっと控えさせてしまう。
ひとことで言えば、近くの人に負けたくない気持ちは、仲のいい相手を応援する手さえ止めてしまうことがある。
協力する人を、わざわざ罰する人たち
2008年、経済学者のベネディクト・ヘルマンらは、世界16の都市の参加者を対象に同じ実験を行い、『Science』に発表した。参加者は、みんなのためのお金にどれだけ出すかを決める。そして、ほかの参加者に、自分のお金を払って罰を与えることもできる。
出し惜しみをする人が罰せられるのは、予想どおりであった。しかし、驚くべきことに、多く出した人、つまり協力的な人まで罰せられていたのである。研究者はこれを「反社会的な罰」と呼んだ。仲間のために動いた人を、わざわざ罰する、という意味である。
その強さは、参加者の集団によって大きく違った。協力的な人を、出し惜しみする人と同じくらい罰する集団もあれば、出し惜しみする人だけを罰する集団もあった。そして、協力の規範や法の支配が弱い社会ほど、この罰が多い傾向が見られた。
つまり、頑張る人が叩かれやすいかどうかは、個人の性格だけで決まるのではない。その場の空気や仕組みにも、大きく左右されるのである。これは嫉妬を測った研究ではない。しかし、私の実感でも、嫉妬のほとんどない集団もあれば、嫉妬だらけの集団もある。
ひとことで言えば、頑張る人が叩かれるかどうかは、あなただけで決まるのではない。その場所の影響も大きい。
「基準を上げる人」を、遠ざけたくなる心
2010年、心理学者のクレイグ・パークスとアサコ・ストーンは、さらに踏み込んだ結果を報告している。グループのために多く出し、自分は少ししか受け取らない。そんな欲のないメンバーを、ほかのメンバーはグループから外したいと答えたのである。
理由を調べると、二つの見方があった。一つは、その人が「望ましくない基準をつくってしまう」という見方。もう一つは、その人が「決まりを破っている」という見方である。
頑張る人がいると、自分も同じだけ頑張ることを求められる気がする。はじまりの問いで私が立てた見立ては、この研究の結果と重なっている。
ひとことで言えば、頑張る人は、周りから「私にまで同じことを求めないで」と思われてしまうことがある。
残業をめぐる居心地の悪さも、同じ仕組みで説明できるかもしれない。勤務時間の中で仕事を終える人がいると、長く残って働くことの意味が、周りの中で揺らいでしまうのである。
ユングの「影」
スイスの心理学者カール・グスタフ・ユングは、人が自分の中で認めたくない部分を「影」と呼んだ。そして、人は自分の影を、他人の上に映し出して見ることがあると考えた。これを投影という。
さらにユングは、影には否定的なものだけでなく、まだ生きられていない良い可能性も含まれると考えていた。
ここからは、ユングの考えをもとにした私の読みである。「そんなに頑張らなくていい」という言葉は、もしかすると、相手が自分自身に言い聞かせてきた言葉なのかもしれない。
本当は頑張りたかった。しかし、どこかで諦めた。その人にとって、頑張るあなたの姿は、置いてきた自分を映す鏡になってしまうことがある。
ひとことで言えば、「頑張らなくていい」は、相手が自分自身に言い聞かせてきた言葉なのかもしれない。
心理学から見た答え
人は、近くの人と比べて傷つくと、その人を助けることを控えたり、遠ざけたくなったりすることがある。特に、頑張る人が「基準を上げる人」に見えると、その気持ちは強くなる。
そこにあるのは、比べて生まれた痛みを小さくしようとする、不器用な自己防衛である。あなたの頑張りが悪いのではない。あなたの頑張りが、相手の物差しを揺らしたのかもしれない。
しかし、仕組みが分かっても、しんどさはなかなか軽くならない。なぜだろうか。

スピリチュアル:なぜ、妬みはこんなにしんどいのか
ここからは、目に見えない側面の話である。
強い感情は、見えないつながりをつくる
スピリチュアルの視点では、強い感情が行き交う関係には、目に見えないつながりが生まれやすいと考える。これをコードと呼ぶ。妬みも、強い感情の一つである。
もう会わなくなったのに、あの人の一言がふと頭によみがえる。顔を思い出すだけで、体が少し重くなる。そんなときは、見えないつながりが、まだ残っているのかもしれない。コードについては、コードFAQで詳しく書いている。
妬みは、目に見えない形でも届く
ここからは、科学で確かめられた話ではない。エンパスである私が、実際に感じてきたことである。
電話のセールスの仕事をしていたときのことだ。周りの人たちが優しいと、かけた電話がほとんど売れるくらい、仕事が流れるように進んだ。
反対に、周りが意地悪だと、極端な話、「このお客さまは心を開いている。あと一押しだ」という瞬間に、商談がふっと消えてしまう。同じことを言っている人も、いた。
つまり、周りの人の心は、それほど仕事の流れに影響する。そして、それは悪い方向だけではない。優しい人たちに囲まれると、力は驚くほど発揮されるのである。
保険の相談カウンターでは、こんなこともあった。三人の担当者が並ぶカウンターで、私は30代くらいの男性のところに座った。希望はほぼ決まっていたので、話はどんどん進み、すぐに商品が決まった。
すると、隣にいた気の強そうな女性の担当者から、猛烈な妬みのようなものが、ふわっと男性の方へ飛んできたのである。隣の同僚がお客さまを獲得したことが、おそらく分かったのだろう。
それは、本来は彼に向けられたものだったのだろう。しかし、私には、それが自分にも流れ込んでくるように感じられた。私は、頭が猛烈に痛くなった。
妬みは、向けられた本人だけでなく、その近くにいる、感じ取りやすい人にまで届くことがある。私は、そう感じている。
こうした体験をしても、気づかない人の方が多いと思う。人の感情を受け取りやすい自覚があるなら、エンパスとは?も読んでみてほしい。
「エネルギーヴァンパイア」と決めつけない
特定の人といると、なぜか力を吸い取られたように疲れる。そうした相手は「エネルギーヴァンパイア」と呼ばれることがある(エネルギーヴァンパイアFAQ)。
しかし、足を引っ張る人が、エネルギーヴァンパイアかどうかを見極める必要はない。その人もまた、自分の中のノイズに引っ張られているのかもしれない。いずれにしても、いちばん確かなのは、距離を取ることである。相手が誰であれ、あなたの力を守ることが先である。
妬まれて苦しいのは、あなたが悪いからではない
妬まれて、傷つく。それは、あなたが弱いからではない。エンパスである私は、相手の意地悪な感情が、そのまま流れ込んでくるように感じてきた。しんどいのは、当然である。
そして、私の場合は、流れてくる量が変わった。潜在意識のノイズクリアを重ねていくと、流れ込んでくる意地悪な感情は、驚くほど減っていった。ノイズについては、潜在意識のノイズとは?に詳しい。
スピリチュアルから見た答え
妬みは、目に見えないつながりを通して、感じ取りやすい人に流れ込むことがある。それは、あなたが弱いからではない。相手の妬みは、相手のものである。
受け取り続ける必要はなく、まずは距離を取ることが、いちばんの守りになる。そして、受け取る量そのものが軽くなる道もある。
三つの視点を重ねると
脳科学は、人の成功が、ある人の脳では痛みとして受け取られることを示した。心理学は、その痛みが、近い人の足を引っ張る行動や、頑張る人を遠ざけたい気持ちになって表れることを示した。
そして、スピリチュアルの視点では、その関係に見えないつながりが生まれ、妬みは感じ取りやすい人にまで流れ込むと考える。
まず、はっきりさせておきたい。頑張る人が疎まれることは、実際にある。気のせいではない。
人の成功に痛む脳も、協力する人を罰する行動も、頑張る仲間を遠ざけたい心も、研究として報告されている事実である。一方で、目の前の一人が何を思っているのかまでは、研究では分からない。
三つの視点は、同じことを証明しているわけではない。脳科学と心理学は、研究で確かめられてきたこと。ユングは、心を読み解くための一つの考え方。
そして、スピリチュアルは、私自身が体験の中で使ってきた見方である。確かめ方は、それぞれ違う。しかし、並べてみると、見えてくるものがある。
足を引っ張る人は、あなたを憎んでいるとは限らない。自分の痛みを小さくしようとしていることも多い。そして、引っ張られて苦しいのは、あなたの頑張りが間違っているからではない。
足を引っ張られて、苦しいあなたへ
頑張りを、小さく見せなくていい
パークスとストーンの研究で、欲のないメンバーが遠ざけられた理由は、周りが感じた「基準」や「決まりからのずれ」であった。頑張りそのものが悪いと示されたわけではない。
そして、あなたが自分を小さくして周りに合わせても、相手の痛みがなくなるわけではない。あなたは、あなたの頑張りを続けていい。
相手を、悪者にしなくていい
相手の心の仕組みを知ることは、相手を許すことと同じではない。無理に分かり合う必要もない。ただ、「この人も痛いのだ」と分かるだけで、言葉の刺さり方は少し変わる。
近すぎる距離は、離していい
テッサーの研究が示すように、比べる痛みは、近い関係ほど強くなる。そのため、少し距離を取ることは、逃げではない。まず自分の心と体を守るための選択である。そして、嫉妬しない集団も、確かにある。今いる場所がすべてではない。
ひとりで耐えなくていい
もし、嫌がらせが続いている、仕事や心身に影響が出ているという場合は、何があったかを記録に残し、職場の相談窓口や専門の機関に相談してほしい。ひとりで耐え続けることが、正解ではない。
ai美が思うこと
「みんな頑張らないで、それなりのところでやろうよ」
今、あの言葉を思い返すと、研究が示していたことと重なって見える。自分も頑張らなければいけない。そう思うのが嫌なのだろう、という私の見立ては、パークスとストーンが報告した「基準を上げる人を遠ざけたい心」と、ほとんど同じであった。
ノイズクリアをしたあと、足を引っ張られるという感覚が、少なくなった。笑ってしまうほどである。
出る杭は打たれる。出すぎた杭は打たれない
「出る杭は打たれる。しかし、出すぎた杭は打たれない」。そう言う人がいる。
足を引っ張られる人には、いくつかの型があるように思う。
一つめは、引っ張られて初めて、自分の力に気づく人である。自分では普通にやっているつもりだった。しかし、引っ張られるということは、それだけ前に出ていたということだ。自分の力が分かっていないから、相手に引っ張られて気づく。そう言う人もいる。
二つめは、引っ張られていることに、まったく気づかない人である。気づかないので、傷つかない。そのまま進み、いつの間にか、引っ張る手の届かないところまで出ている。
そして三つめが、引っ張られていることに気づき、苦しくなる人である。人の感情を感じ取る力がある人ほど、ここに入りやすい。気づかなければ、傷つかずに済んだのかもしれない。しかし、気づいてしまう。そして、気づくたびに、足が重くなる。
「それなら、打たれないくらい出てしまえばいい」。そう言われることもある。私も、そうしたいと思う。しかし、それは根性でできることではない。邪魔するエネルギーから抜け出すのは、簡単ではないのである。
私自身、ずいぶん苦労した。自分と向き合い、ワークを山ほどやり、瞑想をし、潜在意識のノイズクリアを重ねた。そうして、ようやくここまでたどり着いたのかもしれない。いや、どうだろう。今も、その途中なのかもしれない。
もっとも、私の場合は、出すぎる前に、私を下げようとした相手の方が、転勤で離れていった。そして私自身も、先生を辞めた。いや、辞めたというよりも、先生を卒業した。そんな感覚である。
簡単なことではない。しかし、ひとりで抱えなくていい。そして、あなたの頑張りも、手放さなくていい。
よくある質問
Q. 足を引っ張る人の心理とは?
悪意だけでなく、自分と近い人が、自分にとって大事な分野で上回ることへの痛みが関わっていることがある。脳科学では、妬みを感じるとき、痛みや葛藤に関わる前部帯状回が働くことが報告されている。
そして心理学では、その痛みを小さくするために、相手を助けることを控えるような行動が起こりうると考えられている。
Q. 足を引っ張られやすいのは、どんな人?
特定の性格の人、というより、比べられやすい環境や関係にいる人である。同じ職場や同じ分野など、相手と近い場所にいるほど、比べる気持ちは起こりやすい。これは、あなたに問題があるという意味ではない。
Q. 人の妬みで、体調が悪くなることはある?
スピリチュアルの視点では、エンパスのように感じ取りやすい人は、その場に向けられた妬みを受け取り、頭痛や疲れとして感じることがあると考える。ai美自身にも、そうした体験がある。一方で、体調不良が続く場合は、まず医療機関を受診してほしい。
Q. 「反社会的な罰」とは?
協力的な行動をとった人を、わざわざ罰することを指す。2008年にヘルマンらが世界16の都市の参加者を対象に行った実験で、広く見られることが報告された。その強さは、社会によって大きく異なっていた。
Q. 「カニのバケツ」とは?
バケツの中のカニが、這い上がろうとする一匹の足を引っ張って戻してしまう様子から生まれた、英語のたとえである。日本語の「出る杭は打たれる」に近い。研究ではなく、たとえとして広く使われている言葉である。
Q. 足を引っ張る人とは、距離を置いた方がいい?
距離を置くことは、有効な選択肢の一つである。比べる痛みは、関係が近いほど強くなるからだ。相手に分かってもらおうと無理をするより、まずは自分の心を守ることを大切にしてほしい。
流れ込んでくるものを、ひとりで受け止め続けるのは、しんどいものです。
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参考文献・出典
- Takahashi, H., Kato, M., Matsuura, M., Mobbs, D., Suhara, T., & Okubo, Y. (2009). When your gain is my pain and your pain is my gain: Neural correlates of envy and schadenfreude. Science, 323(5916), 937–939.
- Festinger, L. (1954). A theory of social comparison processes. Human Relations, 7(2), 117–140.
- Tesser, A. (1988). Toward a self-evaluation maintenance model of social behavior. Advances in Experimental Social Psychology, 21, 181–227.
- Tesser, A., & Smith, J. (1980). Some effects of task relevance and friendship on helping: You don't always help the one you like. Journal of Experimental Social Psychology, 16(6), 582–590.
- Herrmann, B., Thöni, C., & Gächter, S. (2008). Antisocial punishment across societies. Science, 319(5868), 1362–1367.
- Parks, C. D., & Stone, A. B. (2010). The desire to expel unselfish members from the group. Journal of Personality and Social Psychology, 99(2), 303–310.
- C. G. ユング『アイオーン』(『ユング全集』第9巻第2部)ほか