いちばん好きな鏡は、百均の薄い鏡。自分を愛するということ。

うちには鏡が三枚あります。

大きめの八角形の鏡。ゴールド調の縁がついたもの。そして、ライト付きの全身鏡。

でも、いちばん好きなのはどれでもなくて——

玄関に、画鋲で刺してある、百均の薄手の鏡。

そこに映る私が、いちばんかわいいんです。

なぜ百均の鏡が最強なのか。それは、そこに映る自分が「本当の自分」だから。


母の嫁入り道具の三面鏡

昔、三面鏡を持っていました——正確には、母の嫁入り道具の三面鏡。

焦げ茶色の木の色で、引き出しが二段ついていて、その上に細長い三面鏡が開く、あの形。木にはちょっとした彫刻もあったかもしれない。アンティークというほどではないけれど、昭和の懐かしい佇まい。今でも物置にあるかもしれない。きっと同じものを持っている人、まだいるんじゃないかな。

二階が私の部屋だった。

自分の顔をいろんな角度から見るのが、たまらなく好きだった。ちょっとずらすだけで、見え方が全然変わる。どの角度から見ても、自分のことが好きだった。変でしょ(笑)。でもきっと、同じ人いるよね。

自分の部屋に来るたびに、気づいたら三面鏡の前に座っている。勉強しに来たはずなのに、ずっと見てる。平気で一時間、二時間、ずっと見ていた。全然飽きない。ちょっと角度を変えるだけで顔が変わる。それだけで、ずっと見ていられた。

下から母の声が聞こえてくる。

「あいみ、早く来なさい!」

はっとする。あ、またやってた。

あのとき三面鏡の前にいると、なぜか守られている気がした


暗い女の子、でも内側は違った

学校では全然しゃべらなかった。同級生から見たら、暗い女の子だったと思う。でも大人から見たら、おとなしい子。同じ私なのに、見る人によって全然違う。

何考えてるかわからない、って同級生には思われていたかもしれない。でも私は、自分のことはよくわかっていた。ただ、みんなと一緒に群れて遊ぼうという気が、なかっただけ。

私が楽しかったのは、三面鏡の前で自分の顔をあれこれ映すこと。ちょっと角度を変えるだけで、顔の見え方が変わる。それが、めっちゃ楽しかった。

昭和世代って、怒られて育ってきた人が多いと思う。私もそう。小さい頃から怒られてきた。家の中では、優秀な弟に比べて「長女の私は全然ダメ」という設定だった。

友達に意地悪されたかもしれない。いじめられていたかもしれない。失敗もたくさんしたかもしれない。お友達はほとんどいなくて、大抵一人だった。親友が必ず一人だけいたけれど、それ以外は普通の女の子とは違っていた。

嫌な思い出が、いっぱいあるはずなのに。

なぜか、そういう嫌な感情が全然ないんです。

きっと三面鏡のせいだと思う。

毎日一時間、二時間、あの鏡の前にいた。どの角度から見ても、素敵に見えた。綺麗というより——力強くて、神秘的で。小学生の私が、自分をそう感じていた。

それがあったから、嫌なことが全部どこかに消えていたのかもしれない。


三面鏡を、紐で縛った日

ある日、意を決してやめました。

三面鏡を、紐で縛った。五年生の時のことです。

特別な感情はなかった。ただ——「勉強するぞ。無駄な時間は過ごさない」という決意だった。小学生ながら、そう決めたんです。

石井先生が、初めて私のことを認めてくれた先生だった。先生に認めてもらえたことで、初めて自信がついた。授業が楽しかった。勉強が楽しかった。だから向かいたかった。そのためには、時間を使わなきゃいけないと思った。

何かを切り捨てて、勉強に向かった。後悔はしていない。

ただ今は思う。毎日一時間、二時間、三面鏡の前にいたあの時間——あれも、必要な時間だったのかもしれないって。

ありがとう、三面鏡。


鏡と神様の、深い関係

小さい頃から、私は知っていたのかもしれない。

鏡を見るということは、そこに自分自身の神を見るということ。自分の中に神がいるなら——周りの環境がどうであろうと、それは自分には関係ない。

だから無敵だったんだと思う。

三面鏡を紐で縛ったあの日、私は「真実」と「智慧」を布でくるんで、隠した。

そして代わりに向かったのは「知識」。大人たちが世の中に信じ込ませたい、教科書の中の真実。それを私は真剣に勉強するようになった。

神社の拝殿には、鏡が置かれています。

参拝しているあなたの顔が映っている。

つまり、神様はあなた自身のことを映している。自分の中に、神様がいるんです。

「かがみ」の中から「我」を取り去ると、残るのは「神」になる、と言われています。

三種の神器のうち、鏡は「真実・智慧」を表すとも言われています。

鏡ってすごい。特に日本人にとって、鏡は単なる道具じゃない。

小さい頃の私が三面鏡の前で感じていた「守られている」感覚——あれはきっと本物だったんだと思います。


エンパスの私と、鏡の声

そして今。私はエンパスなので、ノイズを溜めやすい。

帰り道のカフェでノイズクリアをして帰ってきた日は——「ただいま」と言うと、聞こえてくるんです。

「あいみちゃん、好きだよ。」

そのままぱっと鏡を見る。

すごくかわいいんです、私。

自分でもびっくりするぐらい。こんなにかわいいんだって、本当に思う。惚れます、自分に。何度もリフレインして——そのあと、こう聞こえてくる。

「愛してるよ。」

じんわりと幸せを実感する。気づいたら涙が出ていることがある。幸せだなあって。自分のこと、好きだなあって。

しかし、外でノイズクリアをしてこなかった日も——「ただいま」と言うと、やっぱり聞こえてくる。

「あいみちゃん、好きだよ。」

この声だけは、どんな日も変わらない。

感動して、涙ぐんでしまう。どんな時も、私は愛されているんだって。

そのままキッチンに直行して、リュックをどさっと置いて、椅子に座る。グラウンディングをして、ノイズクリアをする。

体も頭も、エネルギーフィールドごと、すっと軽くなっていく。目を開けると——視界がクリアになっている。

そうして初めて、玄関の鏡が見られる。

「行ってきまーす」って、バタバタしながらでも横目でちらっと顔を見てニコッとすると——

超キュートなんです、私。

こんなかわいい子っているんだって、本当に思う。シワも白髪もシミも全部ある、そのままの自分が——ただ、かわいい。


あなたの鏡は、あなたに何を言っていますか?

あなたのおうちの鏡、どれがいちばん好きですか?

ぜひ一度、鏡に向かって言ってみてください。

「好きだよ。」

もし言いづらかったり、言葉が出てこないなと感じたら——それはノイズが邪魔をしているサインかもしれません。

そんな時は、ノイズクリアを試してみてください。

ノイズクリアをすればするほど、鏡はこんな声を返してくれます。

おかえり。大好きだよ。かわいいよ。チャーミングだよ。最高だよ。愛してるよ。

「ノイズクリアってどうするの?」と思ったあなたへ——ぜひ一度、ai美セッションに来てみてください。鏡があなたに語りかける声を、一緒に取り戻しましょう。

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